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今ではこの映画はアメリカの政治の仕組みを知るための格好の教材だと見直されている。
ニューヨークにあるTheAmericanMuseumoftheMovingImage(米国映像博物館)は、Cの映画「移民」などとともに、米国の政治、社会を知る映画として岡市の高校生用の教材に選んだことがあった。
首都のことを何も知らず、独り悪と戦い、腐敗を正したSは、MainStreetやMiddleAmericaを象徴する人物、つまりアメリカの庶民の英雄だといっていいだろう。
1970年代になって、ウォーターゲート事件やベトナム戦争などでワシントンでの政治のやり方に批判が強まると、この映画のように、ワシントンを知らない人物が議員としてそこにでていき間違った政治を正さねばならない、という気持ちが一般有権者の問で強くなった。
そこで、この映画の主人公ミスター・Sは、映画の人物から抜けだして、「新人議員」という新しい意味を持つにいたるわけだ。
まだ辞書にはでていないが、明らかにその意味で使われる例が最近目立つ。
たとえば、73MrSmiths,AllofGOP,GotoWashington(NewYorkTimes,Jan8,1995)がそれである。
上の例は73人の共和党新人議員がワシントンに乗り込んだ」という意味だが、これは1994年11月の選挙で共和党が大勝し、この選挙で初めて連邦議会の議員になった共和党の人たちがワシントンで実際に仕事を始めた話を紹介した記事の見出しである。
下の例は「新人の男性、女性議員、選挙公約を裏切るな」という意味だ。
ほかにも、MrSmithGoes:Now,SomeRussianEchoes(NewYorkTimes,Dec4,1993)(映画「S都へ…」のような新人議員がロシアでもいうように、「ミスター・S」が外国にまででて行った例がみられる。
そしてミスター・Sは「新人議員」だけでなく、「議員事務所」という意味にも使われるようになっている。
たとえば、MrSmithGoestoCyberspace(NewYorkTimes,Jan6,1995)(議会もインターネット化へ)は、下院議長だったG議員が議会の情報をコンピュータで市民に提供し、市民から議員への通信を、これまでのように手紙や電話でなく、高速通信ラインを利用して送ることができるようにするシステムを開発したというニュースを紹介する見出しに使われたものだった。
またMrSmithGoestoWashingtonをもじって、L誌は1998年11月の中間選挙の記事に、MrsSmithconfusesWashingtonという見出しをつけたことがある。
ワシントン州での連邦上院議員選挙で、共和党候補のSが共和党員であるのに民主党的な主張ばかりをして、党幹部を困惑させているという解説にはぴったりの見出しだった。
しかしこの選挙では、残念ながらS候補は民主党的な発言をして民主党支持者の票をえようとしたにもかかわらず、民主党現職のM議員が58%の票をえて、Sは敗れた。
1939年に誕生した「S氏」は60年以上たった今、実にさまざまな役割を担わされるようになったといえる。
例外のない規則がないのと同様、抜け穴のない法律もない。
選挙運動費用の集め方から支出の仕方まで、ほとんどがんじがらめのような形で細かく定められたアメリカの連邦選挙運動法(FederalElectionCampaignAct)ではあるけれど、やはりそこには抜け道がある。
候補者の運動組織とは関係ない個人、団体からの支援がそれで、選挙運動のプロの問ではIndependentExpenditureOperations、略してIEs(候補者とは関係のないまったく独自の選挙支援活動)と呼ばれている。
Fという抜け目のない政治活動のプロは、若い時から保守派の政治運動を続け、1988年の大統領選挙では、B・D上院議員の選挙運動員となった。
この年ドール上院議員は共和党の予備選挙段階でB大統領に対抗して共和党の大統領候補者選びのレースに加わっていたが、共和党の指名はえられなかった。
この1988年の大統領選挙のころから、一部の人たちの間で選挙運動の切れ者として知られるようになったBが大いに名をあげるエピソードがあった。
その年、共和党の候補として現職のB大統領が選ばれ、民主党の候補であるM(当時マサチューセッツリ州知事)と争った時、汚い選挙コマーシャルを作ったのだ。
NegativeCampaignAdsの項で、ふれたW(死刑囚だった人物で、週末の一時帰休制度で家に帰ることを認められた間に婦女暴行の疑いで捕まったが、刑務所から離れることを許可したのはD知事だった)を題材にした選挙コマーシャルは、結局D候補のホワイトハウスへの夢を打ち砕くほど強烈な一撃を与えるものとなった。
WのこのエピソードをB陣営は大いに利用したが、B陣営とは無関係ながら、その尻馬に乗り、問題のWの顔を大写しにしたテレビのコマーシャルを制作し、ケーブル・テレビ局の時間を30万ドルで、買ってこれを流し、B候補の支援にでたのがBだった。
すでに述べたように、アメリカの選挙運動の資金はかなり厳密に規制され、企業や労働組合は支持候補やその政治団体に直接寄付はできない。
しかし企業や労組が政治活動委員会(PoliticalActionCommitteePAC)という別の団体をつくれば、そこからの寄付は認められる。
この寄付の仕方についても細かい規定があって、連邦選挙運動法によれば、PACはひとりの候補に予備選挙段階で5000ドル、本選挙の段階でも5000ドルしか支出できない。
ととろが、ちょっとでも疑問な点があれば、裁判所に訴えて黒白をはっきりさせるのがアメリカのやり方だ。
この規定も含めて、連邦選挙運動法は表現の自由を定めた憲法に違反するとの訴訟が起こされた。
最高裁判所は、この選挙法が全体として憲法に違反するものではないものの、ただひとつ、特定の候補者とまったく関係がないまま、その候補者の選挙運動を進めるPACの活動までをしばることはできない、との結論を下した。
これに基づいて、連邦選挙委員会(FEC)は、ある候補者やその権限をえた人物・組織と協力したり、事前に承認をえたり、または協議の上で行ったものではないようなPACの選挙運動をIndependentExpenditureOperations(候補者とは関係のない独自の選挙支援活動)と定義し、以後この「独自の選挙支援活動」が大きな役割を果たすことになる。
最初に紹介したFの問題のコマーシャルも、最高裁の判断と、FECの定義に従って行われたものだった。
1988年の選挙で味をしめたBは、1992年の大統領選挙でもじっとしていられなくなり、投票日近くになってB大統領を世論調査で、次第に脅かすようになった民主党のC候補にダメージをあたえようと考えた。
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